3代目の雑記帳

羊から一言

昔は政治や国際問題についても書いてましたが最近は封印してきました。
でも、今はさすがに書かないといけない気がします。

古今東西、支配者にとって一番怖いのは他国ではありません。

国内です。

自国民の反乱です。
分かり易い例は「アラブの春」です。
国民の怒りが自分たちに向いてくることがなにより危険なのです。
それを封じるのが恐怖政治であり秘密警察であり。でも、怒りが爆発すると大変なエネルギーです。

それを防ぐもっとも安易な方法は怒りを外へ向けること。
そう、領土問題に揺れる韓国や中国です。アメリカは表向き「対テロ」ということにしてますが、広範囲な意味での外部へのエネルギー放出です。

意図的に国内で怒りや不満を特定の人々に向けさせてコントロールしようとする場合もあります。黒人差別はその最たる例でしょう。ナチスドイツ時代のユダヤ人しかり、日本の部落差別しかり。

時の支配者によって国民の不満や怒りをコントロールする方法は様々です。

日本は高度にコントロールされた社会であり、そもそも怒りや不満を抱かない国民を作ることに成功しています。若者からは受験勉強でエネルギーを奪い、無知で猥雑な娯楽を広め、法によって保護し許容し、国民のエネルギーを発散、分散させ、万が一芽生えた国に対しての不満は見えないようにじょうずに収める。

領土をめぐる各国民の反応の違いもこれによるところだと思います。日本国民の国民性が領土問題に過剰(相応に?)に反応するようだと困るのは実は日本国自身だったりするわけです。これだけ国としての威厳や誇りを傷つけられても「のほほん」としていられるこの国民性は支配者にとっては理想です。まさに柵の中の羊です。支配者は安心して柵の中の羊から税をゆっくりと絞り取ればよい。

国民が集まって怒りというエネルギーを集中させる、この一点を如何にして防ぐかが、日本という国家運営においての命題なのです。

では、一体、支配者とは誰なのか?
政治家?

いえいえ、彼らは似非民主主義を演じるだけの存在です。選挙で選ばれた国民の代表が国の行く末を決めているように見せかけるための存在です。

じゃあ、支配者って?

特定の個人でも団体でもありません。仕組みです。明治維新以後に確立した武士から官僚という階級へ移行した綿々と続く仕組みです。

まあ、それに対して不満を言うつもりはありません。私も従順な羊?ですので。

ただ、気になるのはこの国の支配者が国民の怒りをコントロールしきれなくなって、その怒りの矛先を意図的に外部へ向けること。

なんか、そんな流れになってるような気配がするんです。それが、気になる。

行きつく先はベクトルとベクトルの衝突ですから。

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