3代目の雑記帳

不○○

新年明けましておめでとうございます。
昨年に引き続き、本年もよろしくお願いいたします。

さて、この年末年始、私は「不」について考えてました。
新年早々「不」です。不吉です。不幸です。なんか嫌なイメージ

年末29日、長男と次男を病院に連れて行ってました。咳と鼻水が止まらないのです。
そこで病院というシステムそのものについて考える。(待ち時間が暇なので)

咳や鼻水で「不快」
病気がひどくなるんじゃないか、もしくは極端な話、命に関わるのではないかという「不安」
これらの「不」があるから病院は成り立つ。人々の想いから不を取り除ければそれが報酬となる。

元日、初詣
不幸なことが起きないように願います。
一方で初詣に行かなかったばっかりに「バチ」があたるんじゃないかと心配にもなります。
信仰は不幸を発生させ、また取り除く、防ぐ、自己完結型「不」ビジネスなんじゃなかろうか(罰当たりな!)

初詣から帰宅すると年賀状が届いてました。
年賀状を出してない人から来てないかまずチェック。
出してないと人間関係に支障がでるのではないかと「不安」になります。
だからとりあえず心当たりには出すことで不安を取り除く。社会的礼儀に従うことで集団から阻害される不安がなくなる。
早い話、これは年賀状に限ったことではないのでメールでも代わりになるから年賀状は廃れていくんだろうなあ。でも、基本的な社会的な繋がり、人間関係の繋がりの確認装置として年始の挨拶状というものは存在するんだろう。

そういや、バイクの自賠責と任意保険が満期になる。手続きしなきゃ。
保険も「不安」を取り除く装置だな。

「不」が活きている商品、商材、ビジネスモデルは強い。大きな意味でエコもそう。将来的な不安につけ込む言葉。

車ってなんだろう。交通はさまざまな「不便」から人々を解放した。が、一転、エコな車も増えてきたが、それは今までの反省、裏返し。エコじゃなかった証拠。排気ガスは不愉快、不健康。地球温暖化は不安。
事故の不安も付きまとう。
ここ数年の自動車業界も自己完結型といえるのかな?自ら発生させてきた「不」を取り除くことが差別化、ビジネスチャンスになる。

紙製品は基本、拭き取る用途が多い。言い換えると不潔、不愉快の除去。
ここにも「不」が活きている。

「不」は社会の原動力なのかもしれない。いや、それは人に限ったことでないのかもしれない。生存競争で「不利」な状況から勝ち残る。これが進化。
生物の進化、多様性は「不」の克服に始まる。

宗教的、哲学的、人生訓的な意味ではなくもっと根本的なところに「不」が存在しているのではないのか。
「不」こそがビックバンであり「真理」なのでは?

などと、年末年始の酒びたりの「不健康」が説いたところで説得力は「不在」です。

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